お葬式に参列・・・ 

昨日11/27、暖かな金曜日、西東京市内で行われた葬儀に参列した。


隣家の三枝正治さん(95)のご葬儀。長く認知症で老人ホームや病院を行き来していた。老衰と言っていいのだろう。


参列して初めて気付いたが、これが直葬というのかな!?


遺言をきちんとたくさんのことを認めて遺していたらしい。その中には葬儀は質素にせよ、近所で知らせる先は3軒、青山の他に星さん、安納さんのみと書いてあったそうだ。わが家は地続きの隣家、今の土地、周囲が畑だらけだったころ、約50年ほど前に両家が移り住んできた関係で私の親が懇意にしていた関係。他は同郷(長野県)の関係、仕事の関係という理由だそうだ。星さんも安納さんも高齢で葬儀には参列していなかった。


直葬とはこういうものかと思った。私は仏さん (神式では御霊というのかな ? )には申し訳ないような簡単質素な形を想像していたのだが、見た様相は少し違った。実に簡単ではあるが葬儀の形にはなっていると。11月24日に亡くなったそうだが、それから、ここ緑葬儀社に安置され、27日の葬式となったらしい。


遺言に葬儀は質素にやれと書いてあったとのことで、神主は呼ばない、祝詞は長男が読み上げる、招く人は近所は上記の3家、あと親族、世話になった人のみとのことで、見たところ参列した人は親戚を中心に合計20数人だった。同郷の長野から参列したという縁者が一人いた。


会場は確かに質素であった。部屋は3階。正面に小さな花輪が10基ほど並べられ、その前に遺影とお棺が安置されただけ。その前に6~7人が座るテーブルが3つ置かれて参列者は会食。部屋はそれでいっぱい。会食の間、親類の人たちが代わる代わる故人の思い出話をしていたようで、私も在りし日の様子を少し伺うことだできた。奥さんも今は特養に入居されているが、葬儀には杖をついて元気な姿を見せた。私が思っていたよりはお元気だった。特養に入るくらいだからかなり弱っているのかなと思っていたので。


私は11月25日に喪主の長男から「父が亡くなった」こと、葬儀の内容について連絡をもらい参列できるか否か聞かれたので、参列はするが会食は失礼し、ご出棺にお見送りをしたいと申し出ていたので、その通りに行った。香典、供花等々一切ご無用とのことで身一つで弔問。葬儀は11時半から14時まで。私は13時半に緑会館へ。ここは田無駅から10分ほどの距離。斎場であるが霊安室でもあるようだ。私は食事は遠慮し、お棺に花を捧げ、出棺を会館の玄関口で見送った。


ご遺体は一度も自宅には戻ることなく病院から葬儀社の霊安室に送られ、葬儀社の小さなホールで限られた縁故者だけで葬儀が営まれお見送り。焼き場へ向かう霊柩車に続くマイクロバスには私以外には3人が乗車しなかった。


奥さんが痛々しかったが、しかし、思ったより元気そうだったのは救い。奥さん老人施設で今は暮らしている。いま、隣家には生涯独身の長男が一人で暮らしている。


噂では三枝家は倹約家でお金持ちということであるが、質素に執行せよという遺言に忠実に従ったのであろうか、実に質素な葬儀であったと思う。神式で執り行うと言いながら、神主を呼ばないで喪主・長男が祝詞を読み上げたという話は私は初めてのことだ。但し、このシーンは私は遅く弔問したので見ていない。本当にこれが直葬という形式なのかな。。


この日はお天気が久しぶりに良く暖かだった。



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久しぶりに礼服を引っ張り出して体に合わせてみて驚いた。サイズが合わない!

上着はダブルもシングルもキチキチ、ズボンは完全にアウト。ウエストは10cmも足らない。ここ5~6年余りの間にこんなに。ワイシャツも首周りは全てダメ。

仕方がないので、ズボンは濃紺の替えズボンを、ワイシャツは中でも一番首周りの大きいのを選び出して着て行った。おかげでクリーニング屋から帰ってきたワイシャツ8枚全部を袋から取り出して着てみる羽目に。アウトなのはズボンもワイシャツも資源ごみ用の袋に入れた。ワイシャツは全てダメだけど3枚残した。来週の火曜日のゴミ回収の日に出して捨てる。



葬儀の内容を写真に撮りたかったのだけど、そんな雰囲気ではなく、撮っている人も皆無なので私も止めた。亡くなった三枝さんや奥さんとは昵懇にしていたけど、今のご長男さんとはそれ程ででもないので、撮っていいかと聞くのに躊躇いを感じたから。

合掌




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